毎日が夏休み in 熊谷

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愛染堂の縁日に行ってみた

「10年ぶり」 の声かけのもと、
下川上地区にある愛染さまの縁日が、昨日(22日に)ありました。

この日はドーム公園に用事があったので、終了後
会場である下川上の自治会館へそのまま直行♪


愛染堂はその名の通り 「愛染さま=愛染明王」 がいらっしゃる堂宇のこと。

イメージ 1

古く&大きく&立派な建物なのですが↑正面から拝見すると軒先の角度がアヤシく・・・

古すぎゆえに、裏に回ると↓壊れてます(TT)

イメージ 2

資料を見ると、
享保6年(1721)に改築開始。5年後に落成&入仏式だったそうです。

建物も300年近くが経過すれば、
屋根の修理などを重ねたとしても厳しいものがあるし、
愛染講 (愛染さまにお参りをするムーヴメント) の全盛期を支えたのは
江戸時代に暮らす人 (染色業者さんとか) だったでしょうから、
時代が下がるにつれ、関係業者さんたちも減り
なんというか、
「屋根を修理したいな~」 と
日々の堂宇の守りをしている地元の方が思っても
先立つものが、ごにょごにょ・・・(^^;

平たく言いますと、
お堂の屋根に穴があいてしまっても修理が叶わず
このままでは、市指定文化財の愛染さまの像までもが被害にあうと
平成20年(2008)御本尊は、別の場所に避難。

「50年に1度の御開帳」 と言われた愛染さまも、
現在では、秘仏と謳うには申し訳ない状況にあります。
でも御身の安全のためだから、いたしかたないですよね(^^;

イメージ 3

崩れた屋根の破材が↑堂宇の脇に積み上げられていました。
文化財を大切にしよう」 の文面が、いろんな意味で重いです。


でも、そんな中での 「愛染さまの御縁日」 なんです。

イメージ 4

秘仏」 でいらっしゃるので、私なりに遠慮して(^^;
護摩のときに↑脇からパシャリと撮らさせていただきました。チラリズムの妙です♪


会場でいただいた 「愛染堂修復基金募集趣意書」 には、
愛染堂の縁起や愛染さまの説明が載っていて、
大同元年(806)洪水の後、仏さまが流れ着いた。の縁起に始まってるけど、
愛染さま御本尊は、江戸時代前期の作とのこと。

ほら♪
こんな、微妙どころではないズレを全部ひとまとめにして
現在まで伝えている 「文化」 って、魅力的だと思いませんか?(^^)


明王みょうおう」 のつく仏様は、基本的に怒ってる御顔。
正面から拝見していると 「もしかして怒られてる・・・?」 と不安になりますが(TT)
「厳しく見つめられてるんだヮ♪」 と、私は個人内で解釈してます。
まぁ、要するに
「自分(私)グータラしてるけど、自身に甘過ぎるのはイカンよね~」 と、
反省してみる。 と言えば、形が整いますかしら・・・?(^^;


ただいまのマイブームは、秩父札所めぐりなんですが、
歴史を紐とけば、
秩父の各札所も、檀家さんをそれほど多くもっているわけではなく
堂宇の維持費用は、巡礼の方たちの参拝に頼るところが大きいのではないでしょうか。
実際、それで現在まで続いてきているんだと思います。>予想です(^^;

下川上の愛染堂修理についても、
瓦1枚からでも、多くの方々が趣旨に賛同していただけるのなら
時間がかかるかもしれませんが、修理は叶うと思います。

今回は、家内安全のお札を求めました。
また来年、お札を返納しがてら、愛染さまにお会いできればいいなと思ってます。

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【参考資料】
熊谷市郷土文化会誌第456号』(1990)熊谷市郷土文化会/発行