御礼のごあいさつ
先日、とある作家さんがお亡くなりになりました。
もしかしたら「誰もが知っている作家さん」では、なかったかもしれませんが、
「世界最長の作品」といわれる小説をずっと執筆なさってきた方でした。
「世界最長の作品」といわれる小説をずっと執筆なさってきた方でした。
私は、彼女ならではの日本語回しの文体についていけず、そのシリーズは挫折しましたが(^^;)
彼女のコラムなどは、よくなじんで手にとっていたものです。
彼女のコラムなどは、よくなじんで手にとっていたものです。
その彼女が体調を崩し「執筆ペースが以前のようにいかない」という情報(記事)を目にしたのは
何時のことだったでしょうか。
何時のことだったでしょうか。
そのときは、
「そうなのか~」と、感じただけでしたが、
先日、彼女の訃報を聞き、「死」が私の中で具体化するのを実感しました。
「そうなのか~」と、感じただけでしたが、
先日、彼女の訃報を聞き、「死」が私の中で具体化するのを実感しました。
突然やってくるもの。
そして、
途中だったことすべてを、仕上げることなく放棄していくのだ ということ。
そして、
途中だったことすべてを、仕上げることなく放棄していくのだ ということ。
たいていのことには「代わり」がいるけど、
彼女が執筆していた小説のつづきだけは、彼女の他の、誰にも書けないのです。
彼女が執筆していた小説のつづきだけは、彼女の他の、誰にも書けないのです。
彼女のご冥福をお祈りするとともに、
なんだか、ものすごく、ショックを受けました。
なんだか、ものすごく、ショックを受けました。
そう、私には、
自分の足元に散らばる資料の雑多な紙の山が、視界の中に入っていたのです。>不謹慎ですね(^^;)
自分の足元に散らばる資料の雑多な紙の山が、視界の中に入っていたのです。>不謹慎ですね(^^;)
さて、
私は今、皆様もご存知のとおり、のんびり更新のブログをやっています。
私は今、皆様もご存知のとおり、のんびり更新のブログをやっています。
こんなノロマな有様ですが、私も一応、考えながら運営はしているつもりで、
いつの未来になるのか、見当もつきませんが、
私の中では、知りたいこと全てを調べきったとき、ブログは終わらせるものとなっています。
いつの未来になるのか、見当もつきませんが、
私の中では、知りたいこと全てを調べきったとき、ブログは終わらせるものとなっています。
それを今回、はっきりと自覚しましたので、「ご挨拶をしたい」と思い立ちました。
ブログというネット上の話になりますが、
人と人が、きちんと礼を交わして別れるケースは、少ないと思います。
だからこそ今、しておきたいと思ったのです。
人と人が、きちんと礼を交わして別れるケースは、少ないと思います。
だからこそ今、しておきたいと思ったのです。
「やっとブログが終わります。 長い間おつきあいいただき、ありがとうございました。」
これが一般的なのでしょうが、どうもしっくりこない・・・。
当然ですよね、
そのブログが、まだまだ終わりそうもないのですから(^^;)
当然ですよね、
そのブログが、まだまだ終わりそうもないのですから(^^;)
なので、
ブログを続けるなかで私が再認識したことを披露し、それを私からの御礼にしたいと思います。
ブログを続けるなかで私が再認識したことを披露し、それを私からの御礼にしたいと思います。
好きなことを追いかける幸せ。
私はいつでも、好きなこと、欲しいものを追い続けてきました。
いつでもその願望が叶ったというわけでは、当然ありませんし、
もしかしたら、
あきらめたり失ったりしたこと等の方が、断然多いかもしれません。
もしかしたら、
あきらめたり失ったりしたこと等の方が、断然多いかもしれません。
でも、
好きなことを見つけ、それを追いかける行為を止めることはありませんでした。
きっと、これからも、そうだと思います。
好きなことを見つけ、それを追いかける行為を止めることはありませんでした。
きっと、これからも、そうだと思います。
理由は、「私が、どこかにある幸せを求めている」からではありません。
「身近な問題を無視しても、遠くの問題は解決できる」という都合のいい話は存在しないのと同義で、
今、自分が立っている場所、ここが幸せでなくて何処に幸せがあるのでしょう。
「私が幸せだと思えば、幸せ」だからです。
今、自分が立っている場所、ここが幸せでなくて何処に幸せがあるのでしょう。
「私が幸せだと思えば、幸せ」だからです。
「どうせ過ごすなら、幸せなほうがいい」と望んでいる全ての人に私は伝えたいのです。
「あなたの身近にある幸せと、どこかにある夢のような幸せは、別のものではないのだ」と。
「あなたの身近にある幸せと、どこかにある夢のような幸せは、別のものではないのだ」と。
「いやだな~」と口にしながら日常を過ごすなんて、勿体ないことですし、
今の幸せに気づかない挙句に、それを逃してしまうのは、あまりにも残念です。
今の幸せに気づかない挙句に、それを逃してしまうのは、あまりにも残念です。
できるだけ満ち足りて、日々を過ごしたい。
私はそんなつもりで「知りたい」を追いかけています。
私はそんなつもりで「知りたい」を追いかけています。
先人の方々がまとめてくださった資料を複数、突き合わせてるだけ という活動ですが、
私にとっては「これができるから楽しい」と素直に言える時間で、
「私が楽しかったから、みんなも同様に楽しんでくれたら嬉しい」と、ブログでそれらを公開しています。
私にとっては「これができるから楽しい」と素直に言える時間で、
「私が楽しかったから、みんなも同様に楽しんでくれたら嬉しい」と、ブログでそれらを公開しています。
未知の世界に触れる瞬間、 誰かと記憶・知識を共有する瞬間、 自由を謳歌する瞬間、
目の前の課題をクリアする、
こんな身近なハードルを乗り越える事が、大変でありつつも手ごたえがあるなんて!
と喜び、驚き、それらを分かちあう幸せ。
そして、
そんなハードルが、どうしようもなく辛いときでも 生きる という、幸せ。
こんな身近なハードルを乗り越える事が、大変でありつつも手ごたえがあるなんて!
と喜び、驚き、それらを分かちあう幸せ。
そして、
そんなハードルが、どうしようもなく辛いときでも 生きる という、幸せ。
また、今まで&これからのブログを通して、
これらの幸福をあなたと分かちあえる幸せに感謝しています。
どうか、これからも、おつきあいください。
これらの幸福をあなたと分かちあえる幸せに感謝しています。
どうか、これからも、おつきあいください。
本当にありがとう。
さようなら。
さようなら。
<今後の抱負>
「この紙きれの束は、誰も引き継ぐ人がいない・・・」と家族に呆れられないよう、更新がんばります(^^;)
「この紙きれの束は、誰も引き継ぐ人がいない・・・」と家族に呆れられないよう、更新がんばります(^^;)